第1章

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「そう、今の彼女はまるで壊れかけた水門。小さな破損箇所より堰きとめた水が流れ出るかのように、体外に小さな霊術の奔流を発現させているのです」その後ろに控える錬金術師が恭しくも、その顔に悪意めいた笑みを浮かべながら頷いた。「衰弱を極め、死に瀕した瞬間こそ、水門が崩落した瞬間こそ奔流の強さは最高点に達する。このリリアという娘の技量より察するに、その刹那に発生する力の強度たるや峻烈。その一瞬さえあれば、全ての自然法則、生命の法則を狂わせる事など造作にもないことでしょう」 「そうね」そう言い、ソレイアは天を仰いだ。 「騎士団は私の息の根を止めぬ限り、肉体に宿る命の灯火を掻き消さぬ限り、戦を止めようとはしないでしょう。この秘術は、その短絡な思考を逆手に取る為の切り札──成功すれば、私は世界にとって唯一無二の脅威となる事でしょう。世界中の全ての者達が、全ての王、聖職者の長、権威、天下に轟く威名ですら畏怖し、恐れ慄き、跪き、平伏させる事の出来る『至高なる存在』へと生まれ変わる」 「この世には、『転生』という概念は存在せぬ。肉体が死すと、その魂は天へと昇り、神の御許で永遠の安楽を得られると信じられているが故に。やり直しの効かぬ一度のみの人生を全うせよと神が教えているが故に。その神ですら忌避すると考えられている『魂の再生』と『進化』──それを人工的に再現する。まさにこれは魂の練成を最終目的とした、錬金術の至高なる形という事にございます」  錬金術師のカレンが、恭しい口調で語る。 「全ての手筈は整っております。既に懐妊したホムンクルスのうち最も容姿の美しく、かつ出産まで間もなき者を選別し、用意しております。即ち、未だ魂の定着しておらぬ胎内の赤子──将来、必ずや美しく成長する子こそがソレイア様という『存在』の新たなる受け皿となるのです」  ソレイアは恍惚とした表情をもって、眼前にて輝く石英の碑と、リリアの姿を交互に眺め遣った。 「肉体が死に、剥離した魂は神の御許とやらに向かう。だが、その霊格が高き者に限り例外として、聖獣の魂へと誘引される──」  カレンは淡々と知識を披露し始めた。だが、無神論者で唯物主義な錬金術師が、そのような超自然めいた概念など持ち合わせている筈などなく、これはかつてグリフォン・テイルを蹂躙する際に霊術士らが遺した書物を奪って得た知識であった。
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