第1章

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 術の対象となったのは、遥か眼下に望む公国の首都にして、かつては聖都グリフォン・テイルと呼ばれていた街。そして、その通りを駆ける兵士達の間に交わされた会話音声である。  騎士団及び神官戦士団の攻撃に呼応するかのように、圧政に苦しむ旧聖都住民が次々と暴動を起こしたのだろうか。 『だめだ、月影様に救援を要請するのだ。我々だけでは、この暴動を抑えきれない……』  恐らく、公国側も次々と鎮圧の部隊を派遣して対応にあたるも、それを上回る速度で各所にて暴動が発生しており、到底追いつかぬといったところであろう。  リリアが術にて盗み聞いた会話には、このような旧聖都の現状が集約されていた。そして、その有りの儘の言葉を、おのれの肉声を用いて、更に声真似をしてまで、眼前の二人に示したのだ。  宿命の敵たるソレイアとカレンに少しでも重圧を与える為に。  底無しの気力の成せる技であった。そして、その根幹に存在しているものこそが──最後の霊術士としての誇り。  まさに高潔の証であった。 「……貴女が敗れるのも時間の問題ですね」  挑発の言葉を発するリリアに、ソレイアとカレンは憎悪に満ちた視線を投げかけた。最大級の侮蔑と、軽蔑の感情を込めて。  だが、リリアは意にも介さぬ。生来より光を知らぬが故に。その悪意に満ちた視線が示す意味を察するには至らぬが故に。 「……私は死にはしない。レヴィンさんやエリスさん、セティさんが、必ずや貴女達を滅ぼし、助けに来てくれる日まで──絶対に」  囚われの身でありながらも毅然に振る舞う様が、ソレイアの癇に障ったのだろう。公国の主は、霊術士の無防備な腹部を、その爪先で鋭く二度、三度と蹴ると、程なくリリアは口より胃液を吐き、再び項垂れた。咳き込むたびに、リリアの両腕を拘束する銀の鎖が軋み声をあげる。 「自分の置かれた身というものを、もっと理解することね」そして、ソレイアは吐き捨てた。「私はいつでも、貴女を殺す事など出来るのですから」 「──では何故、今すぐそうしないのですか?」  リリアが咳き込みながら問う。そのあまりにも白々しい口調に、ソレイアは眉根を寄せた。  リリアは知っていた。ソレイアが欲しているのは、自分の自然死である事を。
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