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「……ご、ごめんなさい。でも、わざとじゃ」
「わざとじゃなくても、迷惑かけたことに変わりはないでしょ」
サラの横にいた少女がすげなくアンの言葉を遮ると、顔色を窺うようにちらりとサラを盗み見た。
「だったら、ちゃんと皆に謝りなさいよ。ブーツが汚れちゃうじゃない。ねえ、そう思わない?」
サラの真新しいショートブーツがぱしゃんと、床に出来た茶色い水たまりを蹴る。飛び散った紅茶はたちまち、アンの白いブラウスにまばらにシミを作った。
アンはのろのろと立ち上がり、サラや彼女の取り巻き、自分を遠巻きに見ていたクラスメイトたちと目を合わさないように見回し、おずおずと口を開く。
「迷惑をかけて、申し訳ありませんでした……」
放課後が来ると、アンは逃げるように荷物を片手に教室を後にした。
急いで、しかし目立たないように校門をくぐり抜け、人通りの少ない行動を進む。周囲に人がいないことを確認し、侵入防止のチェーンをそっと跨ぎ、「黒の森」の中へ足を踏み入れた。
彼女が立ち入り禁止のこの森に来るようになって、今日でちょうど1週間目となる。
森の奥へしばらく歩けば、古びた物置き小屋にたどり着く。管理人の物置きらしく、小屋の中には折り畳み椅子や草刈り機、シャベルや鎌などが収納されていた。
アンは天井に吊るされた豆電球の灯りをつけ、折り畳み椅子を広げると、図書館で借りた文庫本を膝の上で開く。
ページに目を落とすと、少女は瞬く間に本の世界へのめり込んだ。ぼんやりと光るオレンジの灯りを頼りに、時間を忘れて活字を貪る。
静まりかえった小屋の中で、ページをめくるかすかな音だけが響き渡る。
「……さん、お嬢さん」
来訪者に気付かず、夢中になって文庫本を読んでいたアンは、突然、背後から肩を叩かれて跳び上がった。
「きゃっ!?」
「ここは立ち入り禁止だよ。もうすぐ日も暮れるから、早く家に帰りなさい」
いつの間にか、彼女の後ろには作業服姿の老人が立っていた。
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