水妖の棲む森へ

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「ご、ごめんなさい!」  ハンチング帽をかぶった恰幅の良い男性に、アンは見覚えがあった。彼女が通う中学校に在籍する、非常勤の校医だ。 「……サミュエル先生?」 「今回は見逃してあげよう。しかし、次は学校に報告を……」  アンが驚いて落とした文庫本を拾うと、表紙を目にした老人がわずかに顔をしかめた。 「……『魔女狩り』か。ずいぶん難しい本を読むんだね」  差し出された本を受け取り、アンは恥じ入るように顔をそむける。 「ごめんなさい……」 「何故あやまるのかね?」 「こういう、残虐なことやオカルトに関心を持つことは良くないって……」  両親の忠告が少女の脳裏によみがえる。  敬虔なプロテスタントであるアンの両親は、娘がホラーやオカルト、中世ヨーロッパの暗黒時代といった類のものに興味をもつことを戒めた。  クラスメイトたちも休み時間に教室で読書するアンを、根暗だ、オカルトマニアだと嘲り、囃し立てる。  そのため、彼女は本当に読みたい本を読むときは、人目を憚るようになった。  怯えをにじませた少女を見下ろし、老人は静かに首を横に振る。 「残虐ではあるが、魔女狩りはオカルトではない。れっきとした史実だ。歴史を学ぶことに、良いも悪いも無い。君は魔女狩りの歴史に興味があるのかね?」 「え? は、はい」  両親のように老人も自分を叱ると思い込んでいたアンは、意外な言葉に顔を上げた。老人の表情に、怒りや叱責の色はない。 「ほう、どんな所かね? 良ければ、教えてくれないかな」 「えっと、その……どうして、こんな残酷なことが起きたんだろう、と思って」  小さく頷き、老人は続きを促す。今まで後ろ指を指されてきた話題を振られ、アンの心はにわかに踊った。 「しかもそれが何百年もの間ずうっと続いていたなんて、すごく不思議で。どうして魔女狩りが起きたのか、どのサイトや本でも、はっきりとした原因が分からないんです」
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