水妖の棲む森へ

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「そうだね」  静かな低い声が相槌を打つ。それきり会話が途切れ、アンは何を話せばいいのかわからず口ごもった。 「……そういえば300年前まで、この町でも魔女狩りが行われたんですよね」 「よく知ってるね。今の子は郷土の歴史にあまり興味を持たないと思っていたが」  老人は胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。さっと一服ふかすと、水の入ったバケツを引き寄せて吸い殻を放り投げる。 「そんな昔の話だけでもない。この森ではほんの30年前もまだ、魔女狩りが行われていたんだ」 「30年前?」  アンは首をひねった。  合衆国で魔女狩りが終息したのは18世紀だと、本やサイトには記されていたはずだった。おぼろげな自分の記憶を手繰る。  そんな疑問を察したように、老人――――サミュエル医師は「黒の森」の歴史を語り始めた。 「この森の処刑場はもともと、魔女を処刑するために作られたといわれている。この小屋も処刑人にあてがわれたものかもしれないね。私がこの森を買ったのは20年近く前だが、まだ絞首台が残っていたんだ。さすがに、ロープの輪は撤去されていたが」 「その絞首台、まだ残っていますか?」  サミュエル医師は肩をすくめると、二本目の煙草を取り出した。  魔女、処刑、絞首台――――両親が聞けば眉をひそめそうな老医師の話に、アンは目を輝かせて聞き入っている。 「ここから更に奥にある、一見、古びた木の箱というか、段にしか見えないオブジェが絞首台だ。見てみるかね?」 「いいんですか!?」 「そんな反応は、今まで会った子どもたちの中でも君が初めてだよ」  身を乗り出して弾んだ声を返した少女に、老医師は苦笑した。
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