前半

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*** 「はああ~? 担当変わって欲しいって、どういうことですか??」  私は、デスクの上の電話を握り締めて、声を荒げていた。 「うーん、まあ、いろいろ大人の事情ってやつがあってね。仕方ないのよー。  とりあえず、詳しい話は今夜するから。  えっと~、例のBarでいいか。じゃあー7時に! よろしく!」  いつものように、森さんはこっちの返事も聞かずに電話を切った。  ったく! なんであたしが!? もう、嫌な予感しかしないんですけど……。  そして、約束の時間7時ピッタリに【Twilight】の重厚なドアを開けると、すぐ目の前のカウンターに森さんが座っているのが見えた。 「あら! 中山さん、時間ぴったり! えらいわ~。  さっ、さっ、こっち!こっち!」  嬉しそうに手招きして、モスコミュール・ウォッカ多めをオーダーしている。  何? この待遇。ますます嫌な予感しかしないんですけど?  私がツールに座ると、目の前にモスコミュールがしずしずと置かれた。 「さっ、さっ! 乾杯しよ!ねっ」   「森さん、騙されませんよ。一体何に乾杯なんでしょう? どういうことか、きちんと説明してもらわないと、飲めませんからね!」   凄む私に、森さんは困った風な微笑を携えて、ツールから降りた。  そして、彼女の向こう隣りに座っていた男性。外国人? を手の平で指して紹介した。 「中山さん、こちらはユーリー。ロシア人男性なんだけどね。今度、中山さんが担当してもらいたい『前川いちご』先生なの。  ユーリー、こちらは中山明子さん。電話会議で面識あったかしら?」  外国人(あ、ユーリーだっけか?)は頷いて、完璧な日本語の発音で「よろしくお願いします」と言って、ぺこりと頭を下げた。  あ、あの声だ。男性にしては、少し高くて甘い。バリトン。  じゃあ……、この人が、前川いちご先生なの?  私の脳みそは、ピタリと活動を放棄したみたいに動かなくなった。人はこのような状態を放心状態という。 「中山さん大丈夫? 驚かせちゃったかしら」  森さんは、してやったりの顔で私を覗き込んで、手をひらひらさせた。 「前川先生の本名と姿が秘密だっていう理由わかったでしょー? この事社内でも内緒だからね?」  嬉しそうに笑って、ツールに座りなおした。
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