第1章

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母はとうに亡くなっていた。 心か体 、あるいは両方の弱い人で、雪溶けを待たずに庭の池に浮いていた。 雪の薄く積もった赤い背中を覚えている。 その夜からしばらく大人はみんな黒い服だったから。 八歳だった。 もちろん悲しくないわけはなかった。 でも、もともと光に溶けてしまいそうな人だったので 学校から帰ると消えてしまっていないか心配していたので 少しホッとしていた。 居なくなることに怯えなくていい。 読経の間は池にいた。 庭の池はそう大きくなく、浅かった。 藻や苔もなく底まで見えた。 小石を投げると水紋が広がり、また一つ投げると先の環を打ち消すように水面が持ち上がった。 環が途切れないように、幾つ投げたのかわからない。 耳が読経にさらされている間、動かない視界……おかしな表現だけど視界の沈黙が怖かったんだと思う。
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