10年間の距離

20/20
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
皆人はむっとする。 「だってさー、生物テロのことだって、俺にはずっと内緒だったし。 みゆっちのことも、俺、谷口さんから聞かされたんだぜ」 龍一が何も答えないので、皆人の声はごにょごにょと小さくなっていく。 「兄貴ってば、みゆっちに夢中で、俺のことなんか、アウトオブ眼中だったんじゃねーかと思ってさ……」 思わずヤキモチのような文句が出た。 そこに、吹き抜ける風のような龍一の声。 「まさか。 自分よりいい男に、好きな女を紹介するマヌケはいないだろ」 驚いた。 真意を問いただそうと振り返ったら、龍一のふんわりした笑顔が皆人を迎えた。 指に挟んだタバコの煙が、龍一の美しい顔を横切って空に昇っていく。 ……空耳を聞いたのだ、と思うことにした。 龍一は、舞い上がっていく風と煙のダンスを楽しむように目を細める。 「ずっと、かわいい弟のことが心配だったさ。警察の世話になってないかとか、ちゃんと卒業できたかとか。 ……女を孕ませてないかとかな」 笑いながら言った。 何て言い草だ。 たちまち皆人は唇を尖らせる。 「もっとましな事、言えねーのかよ」 龍一は、 「それだけじゃない。    俺を、恨んでるだろうか……とか、な」 と続けた。 そして、ふいと皆人から目をそらした。 皆人の頬をすり抜けていく風は心地よく、タバコの煙はたゆたうように空に解けて消えていく。 「……そっか……」 返事なんか必要ないだろうが、 「兄貴がみゆっちに捨てられたら、その答え教えてやるよ」 嫌味だけは言っておいた。      Fin
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!