38人が本棚に入れています
本棚に追加
「龍一ってば絶対、私を太らせる気なのよっ」
美百合は相変わらず皆人にくっついたまま、理由を話しだす。
「太らせて、それでいつか食べちゃう気なんだわ」
いやもうあんた、喰われてるしね……。
下品な冗談は口にはしない。
「そんなつもりはないと、何度も言っただろう。それにお前はちっとも太ってないじゃないか」
龍一も声を荒げる。
こんな龍一はめずらしい。
どんなにいきり立った敵と対峙しても、龍一は余裕の笑みを絶やすことなく、辛辣な言葉でやり返すのが常だ。
それでも、
「イヤなら食わなきゃいいんだ」
余計なひと言を言うクセは変わらないらしい。
美百合はたちまち、真っ赤になってぶんむくれた。
「だって龍一ってば、私の好物ばっかり目の前に並べて……。
そんなの我慢しろって方が無理よ。龍一のばかぁ!」
元気よく叫ぶ。
美百合は泣いているけれど、皆人の想像した『泣いてる』とは、またちょっと違う。
早い話が、バカップルの痴話げんか。
なんだかしみじみアホらしくなって、
「あの、みゆっち。俺もう帰りたいんだけど」
おずおずと口を挟んでみた。
とにかく、龍一の居場所はわかった。
後はこのホテルを桜庭に知らせれば、皆人のミッションは無事クリアだ。
ほんの一言、龍一から礼が欲しいだなんて無謀なことを望んだばかりに、まったくとんでもないことに巻き込まれた。
「話し合いなら、俺が帰ってから、ゆっくりやってくんない?」
「帰っちゃダメ、皆人くん!」
「帰るな皆人」
「……なんで?」
皆人の淡い希望は、美百合と龍一のふたりから却下された。
最初のコメントを投稿しよう!