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10年間の距離
「まったく、なんだって俺が、こんなこと……」
皆人は口の中でぶつぶつ言いながら、
右腕に花束を抱え、ホテルの毛足の長いじゅうたんが敷かれた廊下を歩いていた。
何やら映画のワンシーンのようなシチュエーションだが、後ろ手に引きずった台車がいただけない。
もちろんその台車にも、ポリバケツに溢れんばかりの花が乗っている。
これ以外にも、乗ってきたワゴン車には、まだたんまり花が残っているのだから、文句のひとつも出ようというものだ。
全部運ぶには、後なん往復必要だろう。
ある日、警視庁組織犯罪対策課所属の皆人からみれば、雲の上の存在の上司、桜庭から呼び出され、特別指令が下された。
「お前の兄、有坂龍一の見舞いに行ってこい」
「はあ?」
「都内にはいるはずだが所在不明だ。事情聴取も残っているから、居所がわかりませんじゃこちらも困る。探し出して報告を入れろ」
血のつながった我が兄ながら、その行動理由はいつだって不明。
事件に巻き込まれて、夫婦そろって怪我をしたことは聞いていたが、所在を隠す意味がさっぱりわからない。
「……なんで、俺に?」
「入院中に病室に事情を聞きに行った署員が返り打ちにあって重傷だ。まあお前なら、有坂もそんな無茶はすまい」
『するしね! あの人、そういうとこ容赦ないしね』
龍一のせいで、ドライバーで刺された脇腹がズキリと痛む。
喉をついて出ようとする拒否の声に被せるように、桜庭は無情に言い放った。
「有坂の居所を探し出せなければ減棒だ。顔を見るまで帰ってくるなよ」
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