【3】一番はイヤです。

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熊原秀人。 あいつと知り合いなのかといわれたら、答えに迷ってしまう。 (他人ではない、でも・・・仲良くは) “やっと、笑ったな” 男が嬉しそうに呟いたあの瞬間を思い出す。 (仲良くは・・・) 俺がいつまでも黙っていることに違和感を覚えたのか、友人が顔を覗き込んできた。 「おーい?大丈夫かー?」 「なんでもない・・・ちょっと一人にしてくれ」 「あ、お、おい、ミノリ?」 困らせて悪かったとかそんな言葉を背に受けながら、大学の廊下を逃げるように走り抜けた。 「なんでだ・・・」 自分で自分の正気を疑う。 俺は目の前に広がる看板を見上げ、目を細めた。 “ペットショップ くまくま” ダサい、いや・・・可愛らしい店の名前に、俺は顔が引き攣るのを感じた。 (これ、絶対あいつが付けたんだろうな・・・) そんなことを思いながら、頭をぽりぽりとかく。 「俺、なんでこんなとこ、来てんだよ・・・」 自分で自分がわからない。 たとえあの男の外見に惹かれたとしても、こんな未練がましい行動に出てしまうなんて。 一体全体どうしてしまったんだ、俺。 「・・・」 店の中をちらりと覗く。 誰もいない。 動物達が黒い瞳でこっちを見つめてくるだけ。 「いない、のか」 落胆のような、安堵のような何とも言えない気持ちが胸に広がる。 「・・・帰るか」 身を翻し、大通りの信号まで向かう。そこで信号待ちをしている間も誰かを探すかのようにキョロキョロト視線をさ迷わせた。 (馬鹿だな、いないってのに) なに探してるんだよ、そう一人呟いた。 「あ、コンビ二、卵きれてたんだ」 ふとコンビ二を見かけて、俺の冷蔵庫事情を思い出す。一人暮らしの俺にとって卵は必要不可欠な存在だ。あれさえあれば、まあ食で困ることはない。 「いらっしゃいませー」 店員の気だるげな声をBGMにコンビニを軽く物色する。 うーん、雑誌でも買うか。 (もう、今日はこのまま帰ってやることもないしな) そんなどうでもいい事を考えていたときだった。 「ミノリ」 何度も夢見た、あの低音が耳をくすぐった。
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