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「それは窃盗という名称の犯罪だ」
「通報してもいいよ。私が逮捕されたら、会社に私達の関係ばれちゃうね。あ、この際だからカミングアウトしちゃう?」
「・・・俺は全力で拒否させてもらう」
「カギ、返す?」
「返せ」
「返してもいいよ。家に帰るとスペアあるし」
私のそんなセリフに、
差し出していた大きな掌を無言で引っこめた。
プライベートの上司は、
いつもよりもキョリを近く感じられる。
職場とは違う空気。
すこし柔らか、
すこし優しく、
心地よい、
安心できる、
ゆるくてフシギなその空間。
仕事とプライベートは完全に区別。
オン・オフが完璧に出来ているから改めて凄いと思う。
居心地が良いと感じるその場所から、
すぐに帰る気にもなれず、
ベッドの上に乗せた顔を横にしてそのまま目を閉じる。
壁に掛けた時計の音が、
コチコチと部屋に響く。
静かな時間が流れる中、
眠そうな声でコトバが寄越された。
「・・・それで?」
「ん?」
「別れた報告に来たんだろう」
「うん・・・別れた」
「また叩かれたのか?」
「ううん、叩かれなかった」
「加瀬君と何日付き合ったんだ?」
「1週間、かな」
「最短記録更新か?」
「違うよ、最短は1日」
「おまえ、ばかだろう」
「酷い言い方」
半分呆れ、
半分タメ息、
半分放るように、
だけどその中にほんの少しの優しさが隠れてる。
それに気付いたのはごく最近。
友達以上、恋人未満の関係。
自分の恋が終わるたび、
やけに心地いいこの上司の体温が欲しくなる。
いつからか、
わざわざ別れた報告をしにここへ来るようになり、
話を聞いてもらって、
散々説教されて、
そのあとセックスするのが恒例になってた。
まったくもってヘンな関係。
目を閉じたままでふと言ってみる。
「今日・・・優君の親友だった人と会ったの」
「嫌味でも言われたか?」
「交際を申し込まれた」
「独身なのか?」
「うん」
「嫌じゃないなら付き合えばいい」
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