Prologue ~私の世界~

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重たい瞼をゆっくりと開けて、周りの光に瞳を馴染ませていく。 今日は、土曜日。 久しぶりに休みが取れたお母さんと、遊園地へ行く。 二人で出かけるのは、とても久しぶりだから、昨日は少し眠れなかった。 何を着ていこうかな。何に乗ろうかな。 いっぱい、写真が撮れるかな。 「同窓会行ってくるから、お留守番よろしくね」 あまりにも冷静に放たれた言葉に、ゾクゾクっと寒気がしたのを憶えてる。 キャリーケースと手持ちの旅行バックに、荷物をパンパンに詰め込んだ母は、背中を向けて私にそう言った。 「・・・今日、遊園地、行かないの?」 「行かないってことが分からないの!?」 少し強めの口調だったその言葉は、シーンとした部屋によく響いていた。 メイクも服も完璧に整えている母は、私のことなんて見ようともしない。 母の目に映っているのは、薄茶のフローリングだけ。 私は下を向いていた顔を上げて、母の荷物を見た。 ―――――同窓会に行くだけなのに、どうしてこんなに荷物を持っていくんだろう。 仕事のときも、出かけるときも、母は手荷物を最小限に抑える。 仕事柄パソコンを扱うことが多い為、荷物が多いと余計に肩が凝るからだと言う。 目の前の光景に、違和感を感じ始めた。 「お母さん!」 「なに?」 「・・・どこに、行くの?」 小さな手をきゅっと握り締め、必死で心臓の音を抑える。 すると、母はゆっくりと私の方へ振り向いた。 眉間にしわを寄せて、とても面倒くさそうな顔をして。 ギィっと、年季を感じさせる音を立てて、ドアが開いた。 そして、母が答えるより先に、自ずとその答えは明らかになった。 「じゃ、行こうか」 「はい」 重たい空気が張り詰めた薄暗い部屋に、玄関の先から明るい光が差し込んできた。 眩しい・・・ 聞こえてきたのは、男の人の声。 太陽の眩しさに細めた目で見えたのは、私の知らない顔をした母。 外から、今にも消えてしまいそうな蝉の声が聞こえてた。 <ミーンミン・・・> それきり、蝉の声が聞こえることはなく、カーテンに映った影が地面へゆっくりと落ちていった。 小5、夏。 私が母を見た、最後の季節だった。
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