第1章

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「あ、サガン読んだよ。今度返すね」 「キリコにしては早いじゃん」 「薄いのもあるけど、なんかはまった」 「へー」 「一気に読めた。サガンが私と同じくらいの歳で書いたんだよね。そう思ったら負けてられないと思ったよ」 「キリコももうなにかを成せねばいけないな」 「でしょー。でも何ができるかな」  何ができるか。本当なら陸上で何かを成せたかもしれないのに。キリコは去年の春の大会で膝を壊した。選手としてはもう無理だと医者に言われた。それでもかなり回復した。だからキリコは今でも走るのは速い。とても追いつけない。でも最高の時からしたら全然だめなのだろう。だから陸上をやめた。本当はすごく辛いはずだ。走っている時のキリコは凄く楽しそうだ。だから全力で走れないとなって苦しんだはずだ。でもそれを全く出さない。泣いても叫んでもいいのに。胸貸すのに。 「もうすぐ夏休みだね」外の雨を見つめながらキリコが言う。  映画館近くの喫茶店に入りアイスコーヒーを頼む。ミルクをたっぷり入れてかき混ぜずに飲むのが好きだ。キリコに教わった飲み方だ。 「かき混ぜるなんてなってないなー。ミルクを入れて毛細血管のように糸をひくようにミルクが落ちるのを見るの。そしてそのまま飲む。ちゃんとミルクは利いてるし、珈琲の味もする。これが通なのよ」  得意げに言ってたな。通なのかはわからないが、確かに混ぜてしまうより美味しい。今までなんで混ぜてたのか不思議だ。これが正しい飲み方だと僕は勝手に思う。 「夏休みは何かするのか?」珈琲を一口すする。 「特にはないかな。あ、おばあちゃんちには行くよ。お墓参り行く」 「お盆だからな」 「うん。そして終戦記念日」 「日本の夏って少しだけ厳かだよな」最近は政治がきな臭い。僕たちの将来はどうなるのだろうか。
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