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そこへ龍一が、宝物のように美百合を抱いて、リビングから出て来た。
腰を抜かす父親に、
「そんな所に座っていると冷えますよ」
しゃあしゃあとした顔で言う。
しかし義父の脅えた視線に気づくと、その原因に目を止め、
「チッ」
目をそらして舌打ちした。
「さっきネズミがいたんです」
どう見ても、指紋が擦れた痕にしか見えない血痕を示して、龍一は言った。
「安心してください。朝までには始末します」
何を始末するのか。
どうやって安心しろというのか。
いろいろと聞きたいことはあるが、父親は口をつぐんだ。
「おやすみなさい」
龍一が低い声音で言うので、父親も思わず、
「……ああ」
と返事をする。
龍一は、美百合を大事そうに抱いて、寝室へと続く階段をのぼっていった。
『世の中、知らない方が幸せなことはたくさんある』
美百合の涎まで垂らした平和で呑気な寝顔は、それをしみじみと物語っていた。
Fin
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