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「そう言うと思った。魚屋さんがそんなに簡単に言うこと聞いてくれるわけないもんねー」
それはあんたにだけだ、と心の中で付け加える。
言い争うのも面倒くさいので口に出しては言わないけど。
こんなやりとりは、言ってしまえば日常茶飯事である。
なんでこの人はこんなに自分に突っかかってくるんだろう?
口には出さないが、頭の中で疑問は並べる。
いつも突っかかって嫌がらせをして俺の怪訝な様子を見ては、満足そうに笑みを浮かべる。
かと思えば、とんでもなく大きい壁を感じさせることもある。なんて表現すればいいのだろう。いつも見るたびに話しかけてくると思いきや、たまに一線ひいたような距離を置いてくることもある。
とにかく、よく分からない人物だ。
だから、嫌いだ。
この人の行動は理解できないし、理解しようとも思わない。極力関わらないのが正解だと頭の中では分かっているのに。
「ほかの人に、借りれば」
否定するだけではこの人物から逃れられそうになかったので、代わりに案を差し出す。
「やだ」
案の定、逃れられなかったけど。
「ほかの人、って言ってももうほとんど帰っちゃっててさ。魚屋さんしか居ないわけ」
たしかに授業が終わってから1時間近くは経っており、おまけに今日は雨なので部活動で残っている生徒もあまりいない。
俺は図書館にいたから、雨など関係なかったのだけれど。
「それにさ、このまま置いて帰っちゃって俺が風邪引いちゃってもいいの?寝覚め悪くない?」
一一仮に、このまま無視して帰路についたところで、この人とは帰り道がしばらく一緒だ。
そうすると傘を持たずに濡れたままついてくる可能性もある。この人ならやりかねない。
それはそれで嫌だ。
目立つし、迷惑だ。
それならもういっそ、入れてやってさっさと帰ろう。しばらく我慢すればいいだけだ。堂々巡りな思考を繰り返すのにも疲れ、その結論に辿りついた。
声をかけられてから一度も合わせなかった視線を合わせると、その人物はにっと笑った。
まるでこうなることを予想していたかのように。
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