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「一一はぁ、はぁっ……」
運動は得意じゃない。
たいした持久力もない俺は、すぐに息が上がり、喉元が締め付けられた。
一体どこへ向かってるんだ。
一一苦しい。
思考が停止しそうになった頃、腕に感じていた温度が消えた。彼が俺の腕を離したから。ついでに言うと足も止まっていた。彼が目指していたのはここだったのだろうか。
屋根のある所まで走ってきたから、もう雨に打たれる不快さもなかった。
「魚屋さん、運動得意じゃないんだ」
肩で息をする俺に対して、もう息を整え終えた彼が言う。
「……るさい」
大きく吐く息と共に吐き出した言葉。
相手は嫌な顔をすることもなく、むしろそう答えが返ってくるのを予想していたかのように、薄く笑う。
一一嫌な笑み。
声さえ出なかったが。本気でそう思った。この人のこういうところが嫌いなんだ。人を見透かしたような態度。それでいて見透かされている自分にも腹が立つ。
俺って、分かりやすいのかな。
そんなことを考えると同時に、彼が背を向け、後ろにあった階段を昇る。
よく見ると、アパート……?
「ちょっ……と、どこ行くの」
戸惑いを露にして問いかければ、彼は答えを紡ぐ。
「どこって、俺の家」
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