あの夏の日に

2/2
前へ
/2ページ
次へ
朝蝉の声が爽やかな陽の注ぐアスファルトに降る、そんな日のバス停で彼女を見た。制服姿の彼女はいつも愛用している眼鏡に、少しくたびれたカバーの本を片手に待っていた。 しかし、今日は本を読んでいない。 B「ーーおい。なんでいるんだよ」 声に気づいた彼女は眼鏡を少し上にずらすと、その顔に花のような笑顔を浮かべた。 A「待ってたの」 そう言い立ち上がると、髪をかきあげ手に持つ本を渡した。何の小説か分からないが、彼女が常に手放さなかった本。 B「なんでーー」 私は彼女の本を開いた。活字の上に別の文字が殴り書きしてある。それを読みもう還暦を迎える自分は頬に涙を滑らせていた。 B「ごめんな」 再び、顔を上げると彼女はいなくなっていた。彼女の遺書を胸に家に帰ると、無造作に突っ込んであった新聞を広げた。そこには一面にちょうど42年前、海へ墜落した飛行機の残骸が見つかったという。 私は彼女が消えた空を見上げた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加