第1章

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うだるような暑さの中、私は本を片手に駅の待合室に身を埋めていた。 左腕に纏わりつく腕時計が"その時"を無言で告げる。 七時二十二分。 "彼"は決まってこの時間にやって来ることを、私は知っていた。 現れた一つの影。 本に落としていた視線をそれとなくあげて、私は彼を見た。 「おはよ。今日も暑いな」 「おはよう。ホントよね」 そこでタイミングを見計らったかのように、遮断機が気怠そうに声を上げるのが聞こえた。 「今日は少し早いな…」 ほどなくして古びた車体がホームに向かってくるのが横目で確認できた。 「ねぇ」 身を翻そうとした彼の背中に、私は言葉を投げかける。 『好き』 電車の汽笛に掻き消された──否、掻き消させた声は、無残にも室内に散ってゆく。 「ごめん、何か言った?」 「ううん、何でもない」 いつかキミに、届きますように──
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