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動物園を出る時、彼女は耳栓装備を一新して、
どうやら僕の声は一切届かないらしかったので、
最寄り駅まで二人で黙って手をつないでいた。
住宅街に入ると、歌子さんはまた装備をかえて、
僕の顔を覗き込みながら、隣を歩いた。
<ひさびさに たくさんあるいたから すこし つかれちゃった>
「そうだよね、お疲れ様。時間とか大丈夫?夜ご飯に間に合う?」
<だいじょうぶ うち ばんごはん おそめ だから>
「そっか、良かった。今日はありがとう!」
<ううん こちらこそ ちこく しちゃって ごめんね>
「気にしない、気にしない!」
<あ まね しないで>
「すみません。」
<じょうだんだよ>
「あ、でも、もうメールできるから、心配ないね!」
<めあど そのうち かえてね>
「すみません。」
ふふふ、と少し笑って、彼女は足を止めた。
もう、着いてしまったのか……なんて、あっという間なんだ。
<おくってくれて ありがとう>
「こちらこそ、今日はありがとう。」
<じゃあ……>
「……待って!」
<?>
「誕生日……歌子さんの誕生日、なんだけど……」
<うん>
「僕の家で、お祝いしてもいいかな。」
<……>
「春兄も一緒に。」
<うん うれしい ありがとう>
「また連絡するよ。メールする。」
<うん じゃあね>
手の指をいっぱいに開いて、大きく手を振る彼女の姿が、
あんまりにも愛おしくて、
色んな気持ちが溢れて、苦しくて、
僕はただただ見送ることしか、できなかったんだ……
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