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冬のカポエラ
「カポエラ~?」
秋も深まった平日の昼下がり、いつものファミレスの片隅で中森光一が獅子村健太の言った言葉に反応した声がどことなく間抜けな感じで響いた。
「そう、カポエラ。正確に言うとカポエイラなんだけど。どっちでもいいか。だけど姉貴の前ではやっぱりちゃんとカポエイラと言った方がいいと思う」
健太は少し困ったような真面目な表情、だけど何となく小馬鹿にしているようにも見えた。
「カポエラっていうと、ブラジルの格闘技? なんかずっと逆立ちしてるようなやつ?」
「あー、別に逆立ちばかりしてるわけじゃないんだけど。そういうイメージで描かれる事が多いけど、実際はむしろ地面に足をつけてる事の方が多いよ。それから格闘技とも限らないんだ。どっちかというと踊りだと思ってもらった方がいいかな」
唐突に「カポエイラをやろう」と言い出されて何のことやらピンとこない、どう見ても乗り気な態度ではない光一に対して健太は少しでもイメージを柔らかくしようとしている様子だった。
「そうだよ。ダンスの世界で、例えばストリートダンスに取り入れられたり、バレエをやる人でもカポエイラを取り入れたりとか。それとかフィットネスにも使われてるんだ。ねえ、高井さん。ダイエットにも効果があると思うよ」
それまで二人のやり取りを黙って見ていた高井風子の方に健太は顔を向けた。
「えっ」
突然話を振られた風子はメガネの内に戸惑いの表情を少し見せた。
三人は同じ大学の一年であり同じサークルのメンバーで、部室を持たない彼らは学校内の適当な場所に集まったりこうしてファミレスで会合したりしていた。
「だけど、何だってそんなものやらなきゃならないんだよ? 伊狩さんに黙って勝手に始めてもいいのかよ?」
光一はあくまで否定的な口調だ。
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