水底の書

2/6
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
   ああ、暗い。   月のない夜だった。 山の奥にある、深い沼の底。 腰から下が水底の泥に埋もれて、 上半身はゆらゆらと揺れていた。 揺れるたびに少しずつ肉がはがれ、 泥水に溶けてゆく。 指先から、はらり、はらりと爪が剥がれる。 コロサレタ、記憶がわずかにある。 埋(うず)もれた足に絡まるロープは、 傍らのブロックにつながっている。 もうすぐそのロープからも、 ずるりと足は抜けるだろう。 なにかがこの身をついばむ。 ぬるく、いのちにあふれたこの沼。   身体はどんどん溶けて、泥水自体になる。 ――どうする―― 声が聞こえる。 コラシメタイ、と答える。 魂は憎しみを感じない。 ただ「必要なこと」として、 こらしめなければ、と感じていた。 そよ、と風が水面を渡る。  
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!