プロローグ

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それ以来、店に来ると度々彼と目が合うようになった。 そんな時、私たちは調理場とフロアの距離で軽く会釈を返すだけ。 すぐに目を逸らし、私は彼に背を向けてパンを選び、彼は自分の作業の続きに移るのだ。 彼はいつも調理場の一番奥で作業をしているのであの時のようにフロアに出ることはほとんどない。 もっとも、私が店内にいるのはほんの五分程度のことなので、その間に彼がフロアに出てくることなど、そうそうあることではないのだ。 つまり…… あの時、私がフロアにいる間に彼が出てきたことは、 滅多にない、偶然だったのだ。 今日の彼は生地をこねているのか、手元を止めずにいつものように私に遠慮がちな笑顔で会釈をした。 だから私もいつも通りに彼と同じ角度の会釈を返しながら不自然にならないように目を逸らし、 振り返ってトレイとトングに手を伸ばした。
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