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――火曜日――
彼女に会いたくて、出会った自販機の前でずっと待っていた。
ジュースを何本も飲み干し、彼女が来たらどんな会話をするか、頭の中で繰り返していた。
――水曜日――
今日も彼女は来なかった。
手で日差しを遮りながら、彼女が去った道をいつまでも見ていた。
――木曜日――
雨が降っていた。
雨の道。黒が見える。
遠目でも分かった。全身をすべて黒く染めるのは彼女しかいない。
こっちまで来るだろうか。途中で曲がってしまわないか。迎えに駆け寄ろうか。変な奴だと思われる。声を出して呼んでみようか。名前も知らない。なんて言えば良い。変な奴だと思われる。手を上げてみようか。笑顔を作ってみようか。変な奴だと思われる。
僕の身体は、動けという命令が届かない、糸の絡まったマリオネットのようだ。
糸が絡まったまま身動きが出来ずにいると、彼女が徐々に近づいて来る。
傘で顔が隠れているが、間違いなくあの時の彼女だ。
「また会ったね」
傘を少し上げて口元を見せて言う。
覚えていてくれた。
彼女の言葉で糸が解れた僕は、操られたようにジュースを買って差し出す。
「ありがとう」
伸ばす彼女の指先に、指を合わせて触れさせる。
雨のように冷たい指に、僕の胸はドンドンと内側から叩かれ熱くなった。
指が触れた事など気にも留めず、彼女はまた傘で顔を隠して立ち去ろうとする。
また会えますか?ここで待っています。
言いたい言葉が言えず、再び糸が絡まった僕は、立ち尽くして見送る事しか出来なかった。
ポチャ、ポチャ、と水を打つような音は、ポッ、ポッ、と小さな音に変わっている。
雨が止んだというより、溜まった容器を雨漏りの天井まで持ち上げた感じだ。
僕が椅子に座っているから、天井が近く感じるのか?
いや、天井ではないのか?もっと身近な距離で、水源も容器も近くにあるのか?
そう、あの時も僕は、身近な距離にいた。
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