冬空

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「……琴尾」 呟いた声は冷たい空に吸いこまれていった。 それは、自分でも驚くほどに細く掠れた声だった。 胸の奥が酷く熱くて、はあ、とゆっくり息を吐き出せば、鋭い痛みが全身を駆ける。 喉からはただ呻き声が漏れ、微かな鉄臭ささが口内に拡がった。 不意に、辺りに漂う火薬のにおいに混じって草のにおいが側を吹き抜けていく。 どこか懐かしいにおい、だった。 ――武士になりたいんや 祝言を挙げたばかりの俺が、京での壬生浪士組の隊士募集を知ってそう言った時、お前は何も言わずただにこりと笑って背を押してくれた。 隊の決まりで一緒には住めないと言った時も、ただわかりましたと頷いてくれた。 時折ふらりと帰る俺を、ただ暖かい飯と温もりで迎えてくれた。 特別器量の良い女ではなかったが、それでも俺にとっては勿体ないくらいのいい女で。 愛しい、女だった。 脳裏に浮かんだ彼女に伸ばすように、僅かに白んだ青い空に手をかざす。 滴る赤がいやに鮮やかに光を映して輝いた。 願いは叶った。 だが戦はそんな俺たちを飲み込み、足元は呆気なく崩れていった。 もう武士の――刀の時代ではなかったのだ。 「……すまんな」 もう会えそうにない―― ぱたりと落ちた手に己が運命を受け入れる。 あいつは今も俺の帰りを待っている。 俺が戻らないことを誰かあいつに伝えてくれるだろうか。 それともあいつはなにも知らぬまま、戻らぬ俺を待ち続けるのだろうか。 嗚呼せめて、もう待たなくてもいいと伝えてやりたい。 ややも、骨も、俺は亭主としてお前になにも残してやれなかった。 せやからせめて、もう自由になってほしい―― 最期の声すら届かない。 武士になりたかった。 武士になって少しはお前に楽をさせてやりたかった。 必死に生きて、生きて。 こんな時まで俺はお前のことで一杯だ。 嗚呼俺は、 一体何を望んでいたのだろうか――……
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