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 夏休みになり、僕はささやかな楽しみを見つけた。  平日の午前中。いつものお気に入りの格好に着替え、家を出る。  人気の少ない田舎道。少しの緊張を携え、古びた駅舎まで歩く。  駅員さんに軽く会釈をしてから、ミシミシと音のする待合席に腰掛け、読みかけの文庫本を開き、一時間に四本しか来ない電車を待つ。  この時間が、僕は一番好きだ。毎日通学に使っていた駅が、夏休みのこの時だけ全く違う世界に見えてしまうのだから。  しかし、そんな僕のささやかな秘め事は、残念ながら今日で最後となってしまう。  反対方面の電車から、一人だけ降りてくる乗客。本から目を離し顔を上げた僕に、彼女は言った。 B「トシオ……それ、私の制服」  東京の大学に通うため一人暮らしをしているはずの姉が、そこに居た。 A「やべ、バレた」  長旅の疲れか、都会の毒か、姉さんの顔色はとても悪かった。
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