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とんでもない!と言わんばかりに、私は大きく首を横に振った。
「いいじゃん、せっかくだし、着てみなよ」
「無理無理無理!似合わないし!」
さっき、ショウウィンドウに写った自分の姿を思い出して、思わず後ずさった。
「自分に自信ない?」
ゆっくりとした彼の声に、今度は縦に大きくうなづいた。
彼がまた何かを言いかけたとき、先ほどの扉の奥からまた声がした。
「おい、ハル!まだかよ!」
はいはい、とつぶやき、彼は肩をすくめてみせた。
「あ、じゃあ私、帰ります」
「え、帰るの?」
「はい!勝手に入ってすみませんでした!」
「え、ちょっと」
「おじゃましました!」
お辞儀をして、小走りで入口へ向かった。
「待って」
背後から聞こえる甘い声に、足の動きがピタっと止まる。
声を受け止めた私の背中、ゾクゾクする。
「また来る?」
「そんな...用事とかないですし...」
企画自体を降ろされた今、私にはもう新しいブランドを発掘する必要なんてなかった。
明日から、事務仕事に移るのだから。
それに、もちろん彼は私の職業を知らない。
「そっか。じゃ、バイバイ」
残念そうに、彼は手を振っていた。
バイバイという言葉に、なぜか小さなさみしさを感じた。
「はい。ブランド立ち上げ、頑張ってください。失礼します」
もう一度お辞儀をし、振り返ることなくアトリエを出た。
扉を閉めたとたん、座り込んでしまった。
ドキドキしてる。
心臓が。
アトリエのせい?
あのワンピースのせい?
それとも...
その日私は、まだ頭の中に染み付いている彼の声を払い落とすために、駅まで走って帰った。
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