第1章  甘い声、それは罠

14/20
前へ
/20ページ
次へ
入社してすぐ付き合い初めて、一か月前別れた男。 自己中で、とても男らしくて、我が道をいく男。 つまらない女だなと捨て台詞を残して私を振った男。 別れた時に涙が出なかったとはいえ、私は彼のことが必要だった。 初めての彼氏だったし、好きと言ってくれたし、彼に依存していた。 そんな彼とマユカが付き合い始めるなんて。 惨めすぎて、言葉が何も出てこなかった。 エレベーターに乗ってからフロアに着くまでずっと、マサユキとマユカが手をつないで歩く姿を想像して、吐きそうになった。 「あ、じゃあ私会議の準備するんで、資料コピーしておいてもらっていいですかぁ?ハル先輩」 返事をする気力が残っていなかった私は、愛想笑いのままうなづいた。 マユカはそれを満足そうに見届けてから、パタパタと小走りで自分のデスクへと向かった。 彼女は今、私が持っていないもの全てを持っているのだ。 羨ましいなんて、これ以上思いたくないのに。 その日は一日中事務作業をしていた。 なんとなく企画部にいるのが気まづくて、休憩時間はそとに出て、定食屋でランチを食べた。 オフィスに帰る途中、近くの公園のベンチに肩を並べるマユカとマサユキが見えた。 (最悪だ...) コーヒー片手に楽しそうにおしゃべりをしている二人を遠目に見て、泣きそうになった。 なんて醜い女なんだろう、私。 別れた時は泣けなかったくせに、今はマユカへの嫉妬で涙を流しそうになっている。 結局私は振られるまでずっと、『イケメンの彼氏を持つ自分』に酔っていただけなのだ。 「あれ?」 公園の前で立ち尽くしていると、背後から急に声がした。 「昨日の子、だよね?」 「あ」 もうすぐそこまで出かけていた涙が、いとも簡単に引っ込んでしまった。 そして、『助かった』って思った。 振り返ったそこには、大きな白い紙袋を肩に提げた、アンベリールのハルが立っていたのだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加