第1章  甘い声、それは罠

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真夏の8月にしては珍しく冷たい夜風が、薄着のカラダと落ち込んだ心にチクチクと突き刺さる。 店内のいたるところにセンスよく吊るされたランタンの、ぼんやりとしたオレンジ色の光に照らされている。 同期の河原ユキコとわたしは、仕事帰りに都内のダイニングカフェバーのテラス席で、お酒を片手に黄昏れていた。 大きめのグラスを傾ける度に、液体の中に沈んだ氷がカランと音を立てる。 最初に頼んだサラダも真鯛のカルパッチョもカレーテイストのバーニャカウダもパスタも、全部食べきってしまった。 考え事をしていると、周りの客の声が、だんだんと遠のいていく。 ひたすらグイグイ飲んでいると、しびれを切らしたユキコが右手で制してきた。 「ちょっと、やめなよハル。飲みすぎだよ。それもう5杯目だし」 「いいのいいの。これシャンディーガフだもん」 「それ、アルコール少ないっけ?私さ、甘いやつ飲まないから分かんないんだよね」 そう言って、ユキコは辛口の白ワインが入ったグラスを揺らしてみせた。 ドリンクのチョイスでその人がわかるってよく言うけれど、シュワシュワと泡を立てるそれは、とても綺麗で、聡明なユキコにぴったりだった。 それに比べて私は辛いのか甘いのかハッキリしないドリンクをチョイスした、中途半端な女だ。 「ビールをジンジャエールで割ってるんだよ。たぶんね、アルコール少ない」 おどけた顔でそう言ってから、私はグラスを空にした。 普段はお酒に弱いはずのわたしは、こういう時だけなかなか酔えない。 (早く酔いたい) ベロベロに酔っ払って、最近の仕事のこと、今日の衝撃な出来事を全部口にして吐き出して、涙を流してスッキリさせたかった。 だけど私はなかなか泣けない女だ。 一週間前に彼氏にフラれた時でさえ、一度も涙を流せなかった。
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