第1章  甘い声、それは罠

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午後11時。 店を後にして、私は駅へ、ユキコはバス停へ向かおうとしていた。 交差点の赤信号で立ち止まると、ユキコは心配そうな顔で私を見た。 「ホントに大丈夫?一人で帰れる?」 「うん、大丈夫」 ヘロヘロと笑う私に、ユキコは眉をひそめた。 「だから言ったじゃん。飲み過ぎだって。」 「へへへ」 「まぁ、とにかく明日も仕事おいでよ?」 「はいはぁい」 私はこっちだから、と、ユキコは東の方面を指差した。 フラフラする足になんとか力を入れて、オッケーオッケーと言いながら私は手を振った。 離れていくユキコの後ろ姿を眺めながら、ふぅ、とひと呼吸。 息を吐く度に、喉を通る気体の湿った暖かさを感じる。 (こりゃあ私、相当のんだなぁ) 駅の方へ向かって歩いていると、アパレル店が並ぶ通りへ出た。 リーダーになってから通いつめたエリアの一つ。 しばらく歩いてから、ピンクを基調としたガーリーなお店の前に立ち止まった。 (このお店、よく来たなあ) 最初は照明が消えた店内を眺めていたけれど、ふとショウウィンドウに、自分の姿が写っていることに気がついた。 会社に行く時、私はいつも適当に服を着て、鏡も見ずに家を出ていた。 自分の姿をじっくり見るのは久しぶりのことだった。 「...」 右手を自分の頬に当て、次に着ている服を掴んだ。 (ファッション業界で働いてるとは思えないほどのダサ女...) お洒落したところで何の意味もなかったから、今まで頑張らなかった。 着ている服がくすんでいると、何にも持っていない空っぽな女のように思える。 かと言って、今の私がこのお店の可愛い服を着こなせるとは思えない。 着ている服のせいなんかじゃない。私自身がダメなのだ。 (いかんいかん。めっちゃネガティブになってるし) もう自分の姿を見たくなかった。 現実と向き合うことになるからだ。 今は酔ってふわふわした気持ちのまま、家に帰ってしまいたかった。
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