第1章  甘い声、それは罠

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訳も分からないまま、扉の方に近づこうとした、その時。 ガチャッ 入口から見て右の壁にある扉が開き、一人の男性が現れた。 「うっせーよ。聞こえてるから」 ふわふわとしたお洒落な黒髪を、右手で無造作にくしゃくしゃしながら、だるそうに歩いている。 「さっき寝始めたんだぜ?トラブルだけは勘弁しろよな~」 そう言いかけて、彼はこちらに気がついたのか、足を止めた。 「え、女?」 目を大きくさせて、私を見つめる彼のめは、真っ黒でとてもキラキラしていた。 なんて綺麗な瞳なんだろう... こんな時に、呑気に感動していた。 きっとこの人が、奥の扉から呼ばれている『ハル』なのだ。 「あの、すみません勝手に...」 どうしていいか分からず、私はペコペコと頭を下げた。 すると彼は、マジかよ...とバツの悪そうな顔をした。 彼は、近くに散らばっている文房具を片付けながら、「今まで女入れたことねぇのによ...。タクミか?」と小さく呟いた。 背が高くてスタイルがよく、モデルのような服の着こなし。 こんなに完璧な男の人、スタジオと雑誌の中でしか見たことがなかった。 彼は一通り片付け終わると、フっと息を吐き、私の方を向いた。 「誰の女かな?」 とても優しい物言いだった。 よく聞くと、少し低くて落ち着いていて、とても甘い声。
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