1121人が本棚に入れています
本棚に追加
/354ページ
確かに、どうして後輩の名前を拝借したいのか解らないな。
そろそろ新幹線の時間だと言う清隆と藤堂が、明菜と婿殿に挨拶をした。二人を見送るべく俺達も病院を後にする。
車で駅に着くと早希子は余程離れ難いのか、駅ビルの中まで、コンコースまで、とどんどん入り込んで、最終的には新幹線のホームで息子とその恋人を見送る事となった。
「藤堂さん、今度はゆっくりしていってね」
一緒の息子には声も掛けずに、藤堂だけに名残惜しそうにする早希子を見て、さすがに俺と清隆は呆れてしまう。
ホームに入ってきた新幹線に二人が乗り込んでも、それが走り去って見えなくなっても、早希子はまるで遠距離恋愛の恋人を見送るヒロインのようにホームに立っていた。
まるで一時期流行った、シンデレラ何とかっていうコマーシャルみたいだ。
「早希子」
声を掛けると、はっと早希子は我に帰り、そして俺の顔を見た。
「すまないがこれから行くところがあるんだ。先に車で帰ってくれるか?」
「……分かったわ。今日は夕飯は?」
「うん……。帰りはよく分からないから夕飯は要らないよ」
あら、そう、と言うと我が妻がニンマリと笑う。
「どうした?」
「あのね、あなたが遅く帰るのなら、お友達を家に呼ぼうかなって」
「友達ってヤマアラシの追っかけ仲間か?」
もう、俺には隠す気は無いのか、早希子は、んふふふっ、とさらに笑って自分のスマホの画面を俺に見せた。
「おい、これは……」
いつの間に撮ったのか、画面には藤堂に顔を寄せて満面の笑みを浮かべる二人のツーショットが撮し出されている。
「お前、まさかこれを追っかけ仲間に見せるんじゃないだろうな?」
「あら。タクミくんは良いって言ってくれたわよ。お母さんが喜んでくれるなら、どうぞって」
藤堂、よかったな。取り敢えず嫁姑問題は無さそうだ。
それにさっきまで藤堂さんだったのに、もう、タクミくん呼ばわりだ。夫として、あまりそれを他人に見せびらかさないように、と妻に釘を刺すと俺は早希子と別れて在来線乗り場に向かった。
いつもの通勤とは逆方向の電車に乗って、送られてきた住所に近い駅に降りる。ここら辺は馴染みが無いな、と思いつつスマホに表示した地図を頼りに目的地へ向かう。
最初のコメントを投稿しよう!