1人が本棚に入れています
本棚に追加
私は現状に満足していた。
「それで、その純愛物語はどういうお話なの?」
「俺には興味ないけど内容には興味あるんだな。別にいいけどさー。今読んでるのは竜狩りの里に生まれた竜を狩れない女の子と、竜に育てられた男の子の話だよ。上中下巻とあって、俺が呼んでるのは中巻。もし気になるなら、今度上巻を貸すーーどうか、したのか」
「ううん、平気。素敵な話ね、でも今は私も読みかけの本があるから遠慮しとく」
私は早口でまくし立てると、アオトの視線から逃れるように数歩前に出て歩いた。
竜狩りーーその言葉が深く胸に突き刺さる。どうしても忘れることができない忌まわしき記憶が、今なお鮮明に蘇る。
あぁ、気分が悪い。今日はせっかくの休日なのに、ジェシカもお散歩を楽しみにしてたのに。
キューーン
「ごめんねジェシカ、あたなを不安がらせてしまって。大丈夫よ、大丈夫」
ジェシカは優しい竜だ。私の異変に気付いて直ぐに励まそうとしてくれる。
そうよ、私はあの日から、竜を護ると決めているの。こんな素敵な心を持った竜たちを、もう狩らせはしないんだから。
「……! なにっ」
急に地面が胎動し始めた。唸るように、うねるように動く地面は、岩肌を砕き、歪ませる。
「地震か! ジェシカ、背中借りるぞ。クレハも乗れ!」
「あ、ありがとう」
地震なんて、人に予知できるはずがない。そんなことができるのは、感覚の鋭い人以外の動物だけだ。しかし、動物たちのそんな騒がしさは感じなかったが。
「ジェシカ、もしかして分かってたの?」
やけに冷静だった。それがむしろ違和感だった。
竜が、急に地震が来て平静でいられるなんて、どれだけ訓練されていても不可能だろう。一時の迷いや混乱は見られるはずだ。
しかしジェシカは飛んでみせた。人を二人も乗せ、こんなにも安定した飛行ができるということは、落ち着いているということに他ならない。冷静に状況を判断し、空中から地面の様子を伺うなんて、こうなることを予期していたからこそ、できるのではないだろうか。
「そうなのか、ジェシカ」
アオトに問われ、ジェシカはゆっくりと頭を動かした。
「急にここへ来たいと言い出したのは、ただ散歩がしたいだけではなく、これを察してのことだったのか」
そうしている間にも、地面は振動し続け、形を変えていく。
最初のコメントを投稿しよう!