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そんな地獄の責め苦にも終わりは訪れた。それは、『マイルズ』が沈んだときと同様に唐突だった。
明朝、波音をつんざくモーター音が聞こえ、俺はゆっくりと身を起こした。吉田はまだ眠りに伏していた。海水の塩分でべったりと張り付いた前髪は妖怪のそれを思わせた。
船のエンジン音だとすぐに知れたが、正直なところあまり期待してはいなかった。貨物船が俺たちとニアミスして後も、二隻ほどの船が俺たちの視界に現れたが、接近すらせずに悠々と航行していったということがあったためである。
しかし、その船を伺い見た瞬間、足の鬱血の痛みすら消し飛んだ。それは海上保安庁の救命艇であったのだ。意思をもったように猛然と俺たち目指して突き進んできていた。
助かった。俺は助かったのだ。干からびた喉は、もう声帯の役割を完全に放棄していたので、俺は声にならない声を上げた。
脱力感が俺を遅い、そこでぷっつりと記憶が途切れている。眼を閉じれば、あの男の顔がやはり浮かんだが、生への活力を得た俺にとってそれは既に恐怖の対象足り得なかった。
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