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俺が再び覚醒したのは、病室のベットの上だった。後から聞いた話では昏々と三日間も眠り続けたそうだ。俺の生還は奇跡だなんだと連日、ワイドショーを騒がせた。あのフェリーに乗り合わせた中では、唯一の生き残りだったというのだから、そういわれても不思議はない。
俺はそこから更に数週間、療養に励んだ。やせ細り、栄養失調を引き起こしていた身体が元通り万事健康体になるには、それぐらいの時間がかかるもので、その間中、俺は流動食を余儀なくされた。
時間の経過とともに、乾物を水で戻すときみたいに少しずつ、俺の身体にも肉が戻り始めていった。現金なもので、身体的な余裕が生まれれば、精神的にも自然、充足感が生まれる。そうなってきてようやく、俺は、またあの初老の男の顔を思い浮かべるのだった。
瞳を閉じると、あの時の男の顔がありありと浮かんでくる。普通、記憶というものは時間の経過とともに色あせるものであるが、むしろ、男の物憂げな表情は、時間を経るにつれより鮮明になっていく。ちょうど、俺の心身の充足感と反比例して。
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