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最初にその男が姿を現したのは、下っ端ふたりが指と片耳を落とされ、血まみれになって事務所に逃げ込んできた時だった。
悲鳴をあげるふたりの後ろから、まるでリードを外して逃げた犬を追うような様子で悠然と姿を現す。
敵の襲撃と思った男たちは、一斉に懐に飲んでいた銃を取り出したが、
「おおっと、違う違う」
大げさにホールドアップして、おどけたような声を出す男に、一瞬、気勢を削がれた。
その瞬間に、あげた男の右手がひるがえりマジシャンのように湧いて出た剥き身のナイフが放たれる。
一番近くで銃口を構えていた男の腕がナイフに貫かれ、
「グワッ」
悲鳴に気を取られている間に、男はトンボを切って事務所の中に突入してきた。
すべては一瞬のうちだ。
部屋の一番奥、ソファーに座る男の喉には、ナイフの刃が突きつけられている。
男はアクロバティックな動きを見せたばかりだというのに、息ひとつ乱す様子もなく、
「発砲すると、銃声で警察呼ばれちゃうよ」
完璧に訓練された動きで、この部屋の主を拘束した。
「こうやって捕まえてるより、殺す方が簡単なんだよ」
男の言うことは本当で、突きつけられたナイフの刃のところに、赤い血が滲む。
部屋の中の誰かが僅かに動いたのだろう。
空気の動きを察してナイフを引いたらしいが、この男、どうやら人を殺すのに、いささかの躊躇いも感じないようだ。
事務所の中はシンと静まりかえり、息を詰めたような緊張感に満たされる。
「ははっ、『だるまさんがころんだ』やってるみたいだね」
男は笑うが、誰もその冗談に笑えるものはいない。
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