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男がナイフをひいたお陰で、プロフェッサーはようやく男の顔を仰ぎ見ることが出来た。
その顔は、
「……君が有坂龍一ではないのか?」
茶色い髪に茶色い瞳。
ひと目でハーフだとわかる整った顔立ち。
秘密工作員にしては目立ちすぎる容姿の男だ。
裏の世界ではすでに伝説となっている、凄腕の元スパイの顔。
これまで有坂龍一に煮え湯を飲まされてきた組織やグループは、数え切れないほどあるから、その容姿もしっかりと出回っている。
その顔をした男が、いきなり事務所に乗り込んできて、名乗りをあげたとなれば、
「自己紹介のつもりかね」
男の腹積もりは皆目わからない。
単独で適地に乗り込んできて、しゃあしゃあと名乗るなど人を食った男だ。
すると男は、
「教授なのに案外ニブいんだね。ボクは目的を問われたから答えただけ。ボクの目的は有坂龍一だって言ったんだよ」
「……?」
プロフェッサーが手を振って、構えていた銃口を下ろすように指示すると、男はやっと拘束していた教授の体から離れた。
だがさっきのナイフスローイングの技術を思い出せば、距離が開いたことが実質の解放ではないことがわかる。
男はまたどこかから取り出したダガーを手の中で弄びながら、
「あんたらがやろうとしていることを阻止するために、有坂龍一が乗り出してきた情報がある。そのためにあいつは今、姿を隠しちゃったんだ。あいつの相手をするために、ボクはここにいる」
プロフェッサーは体ごと向き直って、男の全身をしげしげと眺める。
その姿は見紛うことなく『有坂龍一』そのものだ。
しかし、
「君は一体、誰なんだ?」
プロフェッサーの質問に、男は、ダガーの刃を舐めただけで答えようとはしなかった。
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