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「……有坂、君の迎えというのは、もしかしてアレか?」
勘弁してくれと尋ねる桜庭だが、龍一はおかしそうに警備員に囲まれる谷口を眺めているだけだ。
側に近づいて行かないところを見ると、まだ誰か待っているのか?
すると、
「龍一っ、ちょっと龍一はどこよっ!」
甲高い女性の声。
間違いない、こちらだ……。
一声で桜庭が悟ったその声の主は、櫛を通しただけの黒髪、丸い目にぷっくりした頬。
背の低い……、有坂美百合。
そして、よりにも寄って、美百合はこの場所で、国賓の歓迎晩餐会の会場で、緑のジャージ姿だった。
……一体どうやって、ここまで入って来られたのか。
多分、谷口陸朗が警察手帳の身分を駆使してやって来たには違いないが、この場合、誰が始末書を書くハメになる?
一体、何枚、書けばいいのだ?
桜庭は、目の前が真っ暗になる気がした。
しかしそんな絶望を味わっていたのは、どうやら桜庭ひとりではないらしい。
谷口の後ろから、ひょっこりと会場に顔を覗かせた美百合は、目の前に広がった光景を見て、一気に顔色を変える。
無理もない。
周りは美しいドレスで着飾った淑女ばかりだ。
豪華な装飾、贅を凝らした料理。
その中にたったひとりカエルジャージを身につけた自分。
恥いって当たり前。
幸い谷口が身分を提示していたお陰で銃は向けられていないが、きっと銃口よりも冷たく感じる視線を体感していることだろう。
「誰?」
「場違いですわ」
「……恥ずかしいお方」
容赦のないヒソヒソ声が、会場のあちこちでささやき交わされている。
嘲笑を含んだ眼差しは、ナイフの刃よりするどく、美百合に突き刺さっているのではないか。
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