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有坂龍一は政府の『元』秘密工作員だ。
もう引退した身だが、今でも時々上司から呼び出され、妻である美百合にも黙って、家から姿を消してしまうことがある。
ついこの間も、サンダル履きで夕刊を取りに出たまま、10日間、家に帰ってこなかった。
こんなことはしょっちゅうで、美百合だっていい加減慣れなければいけないとわかっているけれど、それでも折につけ憎まれ口を叩いてしまうのは止められない。
龍一が何事も無かったかのようにひょっこりと戻ってきて、美百合が眠るベッドの隣に潜り込んできた三日前の夜には、思わず涙を拭ってしまうほど嬉しかったというのに。
「……」
三日前の夜。
「泣くな美百合。愛してるから」
布団に顔を伏せる美百合に龍一は目ざとく気がついて、大きな手のひらで覆うように頭を撫でてくれる。
「美百合。顔を見せてくれ」
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