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通り魔の径
盆だから、久しぶりに墓参りにでもと訪ねた父の田舎。
祖父母の家に立ち寄り、大人達が積もる話に興じている間、暇だったので近所をうろついた。
山間の、自然が豊かなだけの土地には、観光の目玉どころかちょっと気に留めるような史跡の一つすらない。だから観光客なども呼べず、
じわじわしと過疎化が進んでいるらしいが、受験疲れの俺の頭には、こののどかさがとても心地よい。
部活を引退して以降、結構運動不足気味だったこともあって、俺は解消も兼ねて足の赴くままに田舎道を歩いた。
どこを歩いてもついて回る蝉の鳴き声をベースに、鳥のさえずりや小川のせせらぎを聞きながらほうぼうを歩き回る。
その足取りを止めたのは、目にした景色に、昔、祖母が話してくれたことを思い出したせいだった。
あちこち色が煤け、伸びた枝や蔓植物に覆われているが、一応白壁が窺える。あれはこの村にある唯一の神社だ。
ずいぶん古い物らしいが、由来などは聞いたことがない。だけど子供の頃、祖母にここで別の話を聞かされた。
神社の真後ろを通る道。散歩の途中、そこに差し掛かった時、ふいに今いるこの場所で祖母が足を止めた。繋いでいた俺の手を、今までより少し強く握り、だけど顔にはいつもの柔らかな笑顔を湛えたまま俺を見た。
「こうちゃん。ここの道はねぇ、通る時、気をつけなきゃならないことがあるんだよ。おばあちゃんが今から言うことわ、よぉく覚えておいてね」
そう前置きをして、祖母は歌うように先を続けた。
「まず止まるのは蝉の声。次に止むのは鳥の声。木々の揺れが収まったら、風より前に目を閉じろ。辺りに音が戻るまで、決して目は開けぬこと」
童歌のようなその文句に、首を捻ったことを覚えている。
ずっと忘れていたが、この場に来た反動で思い出した。
あれはどういう意味の言葉だったんだろう。帰ったら祖母に尋ねてみようか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は神社裏の道へと足を進めた。
距離にして五十メートルばかり。それを三分の二程進んだ頃だ。
神社に植えられている木々にへばりつき、これでもかと鳴り響いていた蝉達の声が止んだ。
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