第1章

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「話しかけてください」阿部の言葉に、オレも薫ちゃんも目が真ん丸くなった。「話しかけて、何を怒っているのか、尋ねるんです。薫せんぱいのお話だと、一度守屋邸で夢を見た後は、頻繁に同じ夢を見るそうですね?つまり、五月になる度にその精霊は守屋邸で、あなた…マサさんでしたっけ?あなたに憑りついて、秋まで離れないのでしょう。何がしたいのか、聞けばいいんですよ」  薫ちゃんが両手を打って納得する。 「そうかっ!同じ人間なんだから、話せばわかるのかっ!」 「いや、人間じゃないでしょう…って言うか、何で精霊なんや?」  驚くオレに、阿部は当然の顔で答えた。 「ねむの花の下に立つ少女が、亡霊の訳ないでしょう、そんな美しいシチュエーションを作るんだから、精霊に決まっています」  うっとりした顔で答える阿部は、東京の秋葉原にいるアニメオタクにしか見えなかった。  “そう、苦手なんや、あの後輩…うん、大学時代におもろいかなって入った妖怪サークルで知り合って、ああ見えて私より年下よ?私も霊感は強い方だけど、あの子ほどじゃないわね。いーい、お守り袋のお陰で頭は痛くならなくても、憑いてるんやから、多分マサが眠れば、池のほとりに行けるでしょう…なあ、今のダジャレみたいやん?イケのほとりにイケルでしょう、だって♪がんばって話しかけてね、おやすみ” 薫ちゃんと通話を終えると、スマホを持ったままベッドに倒れ込んだ。 すげーな、オレ。薫ちゃんのIDまでゲットとる…ああ、なのに、なんや、この精気のなさわっ! タオルケットを頭まで被り、オレはさっさと寝ようとした…部屋を暗くして目を瞑っても、頭の中がフル回転しとるみたいに、まったく眠気がやって来ない。 オレが幼稚園児で昼寝したくない、と駄々をこねた時、中間テストで中学が早く終わったと薫ちゃんが家に来て、添い寝をしたくれた事をいきなり思い出した。 体から力がぬけて、大きく脱力したため息が出た。 白いセーラー服の薫ちゃんは、そう言えば、あの時も今つけているコロンみたいな、百合の良い匂いがした…ちくしょう、何てええ事しとったんや、幼稚園児のオレ! そうだ、あの時は、良い匂いに包まれて、ぐっすりだった…昼間の造園作業の疲れがやっと来て、とろとろと眠りに入って行った。
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