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「えっ?」
「あと、オレのダチのいる美容院」鼻にぐいぐいとショップカードを押しつけた。「ダチ割引してくれるって言うから、明日の二時に予約入れた」
鼻を少し赤くしながら、阿部はポカンとして紙袋とカードを両手にそれぞれ持っている。
「いろいろやってもろて、まあ、全然だめやったけどさ、ほんの礼だよ…っていうか、気力なくなんだよな、阿部ちゃんのカッコ!明日髪切って、その服着て来いよ、薫ちゃんだって見直すぜ」
薫ちゃんは、今日は一泊出張で東京だ。薫ちゃんが東京に行くっていうだけで、オレの心中は穏やかじゃあない。元旦那に会ったりしないのか、元の職場に行って、傷ついたりしないのか、そもそも、離婚の原因は何だったのか…普段考えない事が色々頭に浮かんできて、夢に見そうだ。
でも、オレの夢に出てくるのは、薫ちゃんじゃない、ねむの花の精だ。
「なあ、いい加減にお前の名前くらい教えろよ」
数えるほどになった頭上のねむの花を心配して見上げながら、オレは尋ねる。
「…知らん、そんなもん」
かあいらしく首を傾げて少女が答える。
「!知らんって、自分の名前だろう?」
本日のオレの土産、透き通るでかい梅干し飴を手に持って、嬉しそうに満月に透かしながら言った。
「キラキラするけど、これちゃうよ?っていうか、ここんとこお菓子ばっか持ってくるんねぇ、マサ兄は」
今年は、ほほ毎晩夢で会っていた。
おかげで、聞かれるままにオレの名前から、仕事、近所の野良猫の話まで、オレのほぼ全てをこいつは把握しているのに、オレが聞き出せた事と言えばこいつのキラキラへの執着の激しさと白いねむの花の事だけだ。
…白いねむの花に、昔はこいつの相棒がいたらしい。今いないのは、そいつは先に昇ってしまったからだ、と言った。
淋しいよな。
ダチが先に行っちまって、自分だけが残されているなんて、置いてけぼりは、いやだよな…。
いきなり、新幹線のホームが頭に浮かんだ。
薫ちゃんは、大阪駅から新幹線で二時間半の東京だ。あっという間なのに、置いてけぼりされているカンジ。標準語を話す人たちの中で、笑っているんだろうか?あの、花の咲くような、とびきりの笑顔で?
急に少女に強く手を握られて驚いた。
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