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見下ろすと、必死の顔で、爪まで立ててオレに縋りついている。
「えっ?」
間抜けな声を出したオレの顔をしげしげと見て、少女は手をゆっくりと離した。
「ああ、消えてもうた…今、キラキラが浮かんだのに、なぁ」
「ええっ?」
オレは驚いて辺りを見回した。
静かな湖面、それに映る、変わらない満月、頭上にはちらほらと花が咲く白とピンクのねむの花…。
いつもと変わらない光景だった。
「お~ぉ…」
翌日、再び夜勤室のドアを開けた途端、オレはそれだけ言うと絶句した。
あれ?
思わず、目をごしごしこすった。
目の前には、オレが昨日阿部にあげた白シャツとコットンパンツをはいた、爽やかな男子が微笑んでいる。
「お…前、えっ?阿部なの?!」
「やだなあ、マサさん、そんな言い方して…えっ?僕、そんなに変わりました?」
思い切りショートにされて、濃い目の茶髪に染められた髪をまんざらでもない顔で撫でながら、阿部は尋ねる。
「う…ん、変わった、な」
実は、昼間美容師のダチから訳のわかんねーメッセージをもらっていた。
“すげーぞ、マサ!ひよこがにわとりになったぞっ!まあ、俺様の腕がええからな、今度なんかおごれよ”
…縁日で買ったひよこがにわとりに成長したのかと思っとたけど、もしかして、醜いあひるが白鳥になったって言いたかったのか?昔から、ボキャブラリーが貧しい奴だったからな。
「そう言えば、薫せんぱい、出張が伸びたそうですよ」
自分の考えに浸っていたオレは、阿部がさらっと言った一言に胸をえぐられた。
え~っ!
「え~って顔していますね、大丈夫ですよ」
阿部が余裕の微笑をオレに見せた。
何だよ、何が大丈夫なんだよぉ。
「薫せんぱいが、心配なんでしょう?」お前は読心術もできるのか?オレの心の声に、さらっと答える。「毎日、マサさんを見ていればわかります、薫せんぱいが以前住んでいた東京に行って、学会で別れた旦那に会うのが、色々な意味で心配なんですよね」
言葉に詰まったオレは、阿部から目をそらせていつも薫ちゃんが座っている椅子に、背もたれを抱き抱えるようにして座った。
「大丈夫ですよ、薫せんぱい、もう東京の男はこりごりだって言っていましたから…少なくとも、昔の旦那さんとどうこうは、絶対なりませんから」
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