第1章

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「頭は殴らんかったやろ、腹にしたのは、医者としての私の冷静な判断よっ!」  ぶーぶーと文句を垂れ流すオレに、真っ赤になって毛を逆立てながら、薫ちゃんは脈をとり、瞳孔を確認し、頭を触診してくれた。 「頭を強打して、三日も目を覚まさなかったんだからね、まったく、庭師の格好もさまになってきたやって安心しとったら、手伝い始めて一ヶ月で木から落ちて頭打つって、どんだけまぬけなんや、あんたは」  三月に園芸の専学を卒業して、親父の下で見習い造園士として働き出して、二か月目だった。初めてまかされた、榎(えのき)の枝打ち。  木登りは得意だし、ちゃんと滑らない地下足袋を履いていた…なのに、天辺で枝を払い出した時、オレは誰かに押されて、空に飛ばされて、頭から落下した。 「よりによって、小川の石橋に落ちるんやから、お前のくじ運はもう尽きたな」  薫ちゃんの連絡を受けて飛んできた親父は、ため息をつきながら言った。 「大丈夫よ、おじちゃん。マサは殺しても死なんから…CT撮ったけど、もう脳も腫れとらんし、骨も異常なし!今晩一晩様子を見れば、明日には帰れるわぁ」  薫ちゃんの宣言に、親父はほっとした顔で頷いた。そして、オレの頭に拳骨を落とそうとして途中で気づき、コースを変えて、腹を打って来た。予想済みのオレは、すばやく枕でガードした。  ちょっとほっとした。だって、落ちた榎に登る直前、足袋の履き方が悪いって親父に叱られて、ぶーたれて木に登っていたから…うん、かなりいらいらしていた。そんで落ちて病院に運ばれてたら、謝る機会もないじゃないか。ぎすぎすするかなって心配だった。 「まったくっ!明日、病院からの足で、守屋さんとこに謝りに行くからな」  守屋さんは、庭師の単独事故なのにしきりに心配して恐縮して、見舞金を包んで来た…いや、いらした、そうだ。  町一番のお屋敷の守屋老夫婦。  お大臣の別荘のような、大きな平屋の日本家屋に、船を浮かべられるほどの大きな池、その後ろに躑躅が見事に咲く築山を配置した大きな日本庭園がある。  親父の経営する、(有)秦造園のお得意様の一つだ。  翌日挨拶に行き、人の良さそうな奥様にしきりに心配され、オレは恐縮した。恐縮して頭を下げながらも、造園業の怖さと人と繋がれるええとこを感じて、もっと身を入れて修行しようって、秘かに決心した。  三年前の五月。
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