第1章

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 異変を感じたのは、一年後の五月、場所はやっぱり守屋邸の庭だった。  五月は一年で一番美しい季節だ。  そう言ったのは、五月生まれの薫ちゃんだったか、イギリスの詩人だったか…つらつらと考えながら、秋に整えた、こんもりとした手毬みたいな形に仕立てた、蕾を沢山つけた躑躅(つつじ)を手直ししていた時、急に頭が痛くなった。   急に暑くなった日だったから、やべえ、熱中症かなって、素直に親父に言って木陰で休んでいたら、気を失う様に寝ていた。  夢の中でも、オレは守屋邸の庭園にいた。でも、時間はちがって、夜、しかも池には満月が浮かんでいた。池のほとりに二本のねむの木があって、洗車ブラシみたいに細かい花びらの、かあいらしい花を沢山つけていた。一本はピンク、もう一本は珍しく白い花色だった。  木の下に、女の子がいた。  ねむの花よりも薄いピンク色の着物を着た、まるで京都の葵祭のお稚児さんみたいな子だった。いや、化粧はしていないけれども、水干、とかいうのかな、ピンク色した単衣の上に、透ける短い着物をさらに合わせていて、それを通すと、ピンクがさらに淡くなって、上と下で綺麗なグラデーションになっていた。艶々した黒髪はツインテールにして、長いからそれをさらにぐるりと輪にして結んでいる…飛鳥時代のカッコみたいだった。  印象的だったのは、その顔!  人形みたいに整っていて一見無表情なのに、その目がすさまじい怒気でオレを睨みつけていた…でも、目だけだぜ?  親父が怒った時みたく眉間に皺は寄っていないし、薫ちゃんが怒った時みたく口角が皮肉にかたっぽだけ上がってもいない。  一重の目を心持ち開いて、静かに、でもすさまじく、オレを睨みつけていた。  「マサぁ、どないしたん、今日は?」  狭いアパートの一室で、小さなベッドの上でカノジョが非難の声を上げる。ホントなら、今ごろは喘ぎ声を上げているはずなのに、オレの真ん中はまったく無反応で役立たずに成り下がっていた。  裸になった背中に、冷たい汗が流れた。    「あほかっ!あんたはっ!」  狭い夜勤室で、薫ちゃんが裏返った声で怒鳴った。  思いつめた顔で、病院で夜勤中の薫ちゃんを尋ねて来たオレに、冷たい罵声が降り注ぐ。
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