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榎の下生えの苔を、丁寧に手で整えていた。
ぐらって覚えのある突然の眠気を覚えた時には、オレはまた、あの満月の池のほとりに立っていた。
正面には二本のねむの木。やっぱり白とピンクで満開だった。おかしいんだよね、現実の守屋邸には、ねむの木は池から離れた塀沿いに何本か並んでいる。もちろん、五月の今は、新緑が輝いているだけで、花なんて咲いていない。
ピンクの花開いたねむの木の下には、去年と同じ格好で、同じに睨みつけてくる少女。
その憎悪に圧倒されて、鳥肌が立った。
そして、その夜から、またオレの不能の夏が始まった。
「まったく、何であんたは私が夜勤室にいる時を狙って、そーいう話を持ってくんの!」
顔に飛んできた枕をキャッチして反論した。
「だって、昼は仕事抜けられんし、こんな事、親父にもおふくろにも、ゼッテー言えないよぉ、薫ちゃんだけだよ、オレが頼れるのはぁ」
すっかり顔パスになった、薫ちゃんの勤務先の病院。でも、夜勤用の部屋に入れるのは、夏の間だけ…オレの真ん中が役立たずの時だけ、薫ちゃんは入れてくれる。
「はぁー、念のため、先週わざわざ呼び出して脳波もCTも検査したやん、体の異常じゃあらへん、心の問題や…」
「だって、おかしいやろう、冬に守屋邸に入った時は、頭痛もしないし、体も絶好調だったんだぜ?なんで、夏だけ、ねむの花の咲く時だけ、オレ、立たなくなるんや?」
薫ちゃんはじっとオレの顔を見ると、わざとらしくオレの額に手を当てて熱を見た。
「初夏。まだ夏じゃないし、ねむの花は咲いていない…マサ?」
うっと口をつぐんだオレを、薫ちゃんはじっと見てくる。
「…笑うなよ?」
去年は話さなかった、守屋邸で見るおかしな夢の話を、恐る恐る薫ちゃんに話した。
オレが話し終わると、薫ちゃんは腕を胸の前で組んで、オレの後ろを凝視した。
眉間に少しだけ皺を寄せている表情はとても綺麗だけど、そんな風に睨んでいると、あのぉ、ちょっと、怖いんですけど?オレの背後に何か、いるんすか?
「…私、霊感ある方なんよ。いるわね」
「へっ?」
かん高い声を出したオレを改めて見ると、薫ちゃんは怒った。
「何で、去年その話をしなかったん、あんたはっ!」立ち上がってオレに迫ってくる。「医者の領域やないわっ、それは!専門家に頼まんと…」
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