第1章

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びびって声が出ないオレにくるっと背中を向けると、スマホを取り上げて、すごい勢いで画面をスクロールしだした。 「えっ?えっ?あのぉ、薫ちゃん…」  恐る恐る薫ちゃんの腕に手を伸ばし、白衣の肘の部分を指でちょんってつまんだオレを見て、薫ちゃんはスマホを持った手を下げた。 「マサ…」そのままオレに向かい合うと、信じられないコトに、オレを抱きしめた。「可哀想に、大丈夫、何とかしてあげるから…」  オレは、文字通りフリーズした。  顔を柔らかい胸に押しつけられ、リリー系のコロンの匂いで頭の中が一杯になった。 「決定や」  薫ちゃんが冷静な医者の声で言った。体を離して、オレにとどめの一声を浴びせる。 「抱きつかれても、背中に腕を回さないなんて、あんた、完全にやられちゃっとるわ」  涙が出そうになった。  今、今の優しい抱擁は、診察ですかぁ~。  怖いんですけど、オレは、一体何に、完全にやられちゃっているんですかぁぁっ!  頭が痛い。  いや、守屋邸じゃない、今、オレは四天王寺の裏山で、滝に打たれている。池のほとりには、薫ちゃんに頼まれて監視かつナビをしてくれる若い坊さん。  オレについているモノを払うため、薫ちゃんは専門家に頼んでくれた。  …始めは住吉神社でのお祓い、これはいま一つだった。そう、お祓いの後でオレを抱きしめて薫ちゃんが診断したんだ。次がこの滝壺でのお浄め、これでもだめだったら、今度は砂洲の河内の霊媒に頼むって言っていた。  強く瞑った目の裏をも、滝がざあざあと落ちて行く…。  「やっぱり駄目か」  オレを抱きしめながら、薫ちゃんが大きくため息をついた。  相変わらず、オレは薫ちゃんの腕の中にいて、フリーズ状態だ。  信っじらんねぇ!これじゃあ、まるで幼稚園児だ。きれいな先生に抱きしめられて、ドキドキするだけで何もできないガキと一緒だ。  「マサ、気分は悪くないか?」  薫ちゃんが至近距離からオレの顔を覗き込んでも、オレはキスもできず、無言でこくこくと頷くしかできない。  滝打ちもだめで、最後に行った河内の霊媒師のばあちゃんのお祈りも効かなかった。結局、オレの夢の中のねむの花が枯れるまで、医者のプライドが許さないって薫ちゃんが叫びながら、オレの周りを右往左往しただけで終わった、二年目の夏。
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