第1章

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 原色の黄色い袋の真ん中に、ビリケンさんがにんまりと笑った顔が刺繍されている。そう、大阪の通天閣のマスコットだ。何かをたくらんでいる邪悪なキューピー人形のような顔で、唇を両脇にぐいっと持ち上げ、口を閉じたままにんまりと笑っている。ゼッテー、笑い声はギュギギギギ…だぞ、こいつ。  立っているだけで汗が出てくる五月の昼下がり、オレは親父に急かされて、顔の横の汗を拭いながら、お守りをベストの胸ポケットに入れて、猫車をぐいっと押して庭に入った。  「信じらんねー」  初夏の夜の空気が気持ち良い、すっかりなじんだ夜勤室。そこに薫ちゃんの姿はなく、初めて見るうさんくさい親父がいた。  何処で買うんだ?すっきやねん大阪って書かれた白Tの上に、半袖のチェックのネルシャツを羽織っている。白Tをインにしたジーンズっていうのも、ありえないダサさでしょう?しかも、窓開けてんのに、親父臭がプンプンして、えぇっ?これが、薫ちゃんが今夜紹介するって言ってた、霊媒師? 「単に、霊感が強く、それをビジネスにしているだけです」オレの頭ん中読んだみたく、そいつが口を開いた。「初めまして、安部といいます」  声は、意外と若かった。 「今日、守屋邸に行くと薫せんぱいから聞きました、いかがでしたか?守り袋は」  阿部は、鼻をしきりにぐしゅぐしゅと言わせながら、オレをじっと見た。 「あ…あ、効いた、おおきにな、頭痛くならんし、変な夢も見んかったわぁ、すごいな、お前」  後ろからケツを叩かれた。 「恩人には、きちんとお礼をいいなさいっ!」  救急で運ばれた患者の診察を終えた薫ちゃんがイライラした声を出した。阿部は、その姿を見たとたん、椅子から立ち上がり、尻尾をふらんばかりの大歓迎ぶりだ。 「ああっ、薫せんぱい、お疲れ様です。いえ、姿までは見えませんが、プンプン臭いますよ、この人…ええ、ビリケンさんの笑顔で夢は押さえられたみたいですが、憑いていますね、やっぱり」  その断言で、オレはその場にしゃがみ込む。 「どうすりゃあ、いいんだよ~」
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