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「……ということなんですよっ」
翌朝、彦一は興奮気味に昨夜の出来事を話す。相手は侍のようだが、縁側に寝そべりながら話を聞く姿は武士道の欠片もない。男はちらりと彦一を見る。
「だから?」
そう言って手を伸ばしてうちわを取ると、庭に視線を移し、ぱたぱたとあおぎ始めた。
「だからって……」
男の冷たい態度に心が折れそうになる。
(この人、ぴしっとしたら男前なのにもったいないな。義理人情にも熱いのに全くそう感じさせないのは才能と呼ぶべきだ)
そんなことを思いながら彦一は気を取り直す。
「あの堀には何か化け物がいるんですよ。例えば河童とか」
「河童だ? 俺を叩き起こしてそんなこと言いに来たのか?」
男は恨めしそうに彦一を一瞥する。
「そりゃ、地域の事件は同心であるへいさんに相談するべきだと思って。それに、へいさんは噂の……」
「おい! へいさんなんて俺を屁みたいに呼ぶな。俺には鬼塚平助という名前があるんだから」
男は彦一の言葉を遮った。
同心は江戸幕府の下級役人で市中の見回りや警備を行う。へいさんと呼ばれた男は、地域を守る同心の一人のようだ。
意を決した彦一は姿勢を正した。そして、両手を縁側につく。
「平助さん、どうか河童を退治してください。あの堀は釣りの穴場なんです。俺、どうしても大物を釣り上げて仲間を驚かせたいんです」
それから床に頭をこすりつけるようにして頭を下げる。
「おいおい、頭を上げろ。同心ってのは陰陽師でも万屋(よろずや)でもないんだからな」
「そりゃ、重々承知の上でのお願いです。噂の鬼平さんだからこその!」
「噂ねぇ……」
平助はため息をついた。三月ほど前、本所の村人たちを困らせていた狸を退治したところ、その評判に尾ひれがついて噂が広まった。今や平助は、妖怪狸を退治した「妖怪退治の鬼平」と呼ばれている。本人の知らぬ間に妖怪退治の専門家に仕立て上げられていたのだ。
「御礼は弾みますから」
「礼? 金なら受けとらねぇぞ」
平助は興味なさそうに彦一から目を逸らす。同心の中でも譜代という身分の平助はたいして金に困っていない上に町民から金品を受け取る行為は禁止されている。
頼みの綱を失いそうな彦一は、瞳をあちこちと動かし考える。
「今、吉原で人気の吉野太夫の席を一席もうけます。いかがでしょうか」
「よし、乗った!」
平助は勢いよく起き上がって膝を打った。
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