おいてけぼり

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(本当に河童のしわざだったか) 初めて妖怪と遭遇した平助の胸に恐怖より興味が湧いてきた。 すると、緑色の腕の主が藪から顔を出した。 (あれは!) 再び平助は息を呑む。 藪から這いずってきたのは、ずぶ濡れで緑色の老女だった。 (ばあさん!?) すっかり様子が違っているが、ふた月前に行方不明となった長屋の大家である老女だ。 「ばあさん!」 平助は思わず駆け寄った。平助の顔を見た老女に表情が戻る。老女は驚愕し、平助を見上げる。緑色の肌に見えたものは藻だった。堀を埋める藻が腕にも顔にも濡れた白髪にも張りついている。 「ばあさん、どうしてこんな所に」 「家が分からなくなってね、お腹がすいて……」 老女は、このような姿を見られたことを恥ずかしく思っているようだった。屈んで顔を覗き込む平助から目を逸らす。 「腹が減ったなら温かいもの食わせてやるから、生魚なんか食うな。ほら帰るぞ」 平助は藻だらけの老女をおぶった。全身ずぶ濡れであるのに驚くほど軽い。 「あ、あの綺麗な釣り竿はどうすんだい」 老女は枯れた腕を伸ばした。 「あんなもん、もう用がないから誰かにくれてやらぁ。それよりばあさん風呂に入った方が良さそうだ」 「そうかい? さっき、ちゃんと行水をしたんだけどねぇ」 「そんな藻まみれの行水があるかい。俺の家の風呂に入れてやる。今夜は遅いから俺んちに泊まんな」 「あらぁ可愛い息子の家に泊まれるなんて、あたしゃ幸せ者だよ」 平助は体重を感じない老女を背負って歩き出した。 (河童の正体が、ばあさんだったなんて。けど、これで二件落着だ) この夜、一度に置いてけ堀の事件と行方知れずの老女の事件が解決した。 明くる日、老女は痴呆の患者として小石川の療養所へ入院した。
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